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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)1897号 判決 1988年6月24日

原告

株式会社東洋エンタープライズ

右代表者代表取締役

車大善

右訴訟代理人弁護士

片山俊一

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

笠井勝彦

他七名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  (原告) 被告は原告に対し三〇四五万円及びこれに対する昭和五八年三月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言。

二  (被告) 主文第一、二項同旨の判決、担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  (請求原因)

1  原告は別紙物件目録記載の物件(以下「本件物件」といい、個別には「本件(1)物件」というように略称する)に関し、当庁昭和五三年(ケ)第九一二号不動産競売事件(以下「本件九一二号事件」という)につき昭和五七年三月九日競落許可決定を受け、同年六月一九日競売代金を納付し同月二三日競売による所有権移転登記を受けた。

2  ところが、本件(1)(2)物件に生野税務署による大蔵省の昭和五三年二月一六日受付の差押登記がなされており、その差押登記は同五七年一〇月五日に至つて抹消された。執行裁判所は右代金納付に伴う右差押登記の抹消登記の嘱託をなさず、大阪法務局天王寺出張所はその抹消をしなかつた。

3(一)  前記競売に至る経緯の概要は次のとおりである。

(1) 昭和五三年七月二一日当裁判所は当庁昭和五三年(ヌ)第一〇〇号不動産強制競売事件(以下「本件一〇〇号事件」という)の競売対象物件のうち本件(1)(2)物件につき競売手続の続行決定に先立つ徴収職員等に対する意見を聴くための催告書を送達に付し、同催告書は同年七月二二日生野税務署に送達されたが、同署の徴収職員等は何らの回答をもしなかつた。

(2) 同年九月二七日当裁判所は強制競売続行決定をなし、同決定正本を送達に付し、これは同月二九日に生野税務署に送達された。

(3) 同年一〇月一七日本件物件を含む物件について九一二号事件の申し立てがあり、当裁判所は一部につき競売開始決定をし、その余(本件(1)(2)の物件はこれに含まれる)につきこれを本件一〇〇号事件に記録添付し、その旨の競売申立通知書及び競売開始決定通知書は生野税務署に送達された。同署長はこの際にも交付要求をしなかつた。

(4) 昭和五五年六月二四日本件一〇〇号事件は取り消された。そこで、本件九一二号事件にもとづき競売手続が進められることになつた。

なお、本件九一二号事件につき右競売開始決定がなされた不動産につき同年一一月四日当裁判所は競売続行決定に先だつて意見を求める催告書を送達に付し、これは同月五日に生野税務署に送達された。同年一二月一〇日当裁判所は続行決定をなし、同決定正本を送達に付し、同月一二日生野税務署に送達されたが同署長は交付要求をしなかつた。

(5) その後前記競落に至るまで入札期日の通知がその開かれた都度生野税務署に送達されたが、同署長は交付要求をしなかつた。

(6) 前記競落に続く代金交付に際しても、生野税務署長の交付要求がなかつたため、本件滞納処分としての差押えにつき代金交付はなかつた。

(二)(1)  執行裁判所は、競売の主催者として、競落人に完全な所有権移転をなさせるために、その前提として交付要求提出命令を出すなどこれを督促する義務があるのに執行裁判所たる当裁判所の係官がこれを怠つたため、以上のように生野税務署長において交付要求をしなかつた。

(2) 又、執行裁判所は競落人に対し所有権移転登記をなすまでに完全な所有権を得せしめるために滞納処分としての差押登記を徴収職員をして抹消せしめるべき義務があるのに、執行裁判所たる当裁判所の係官は右滞納処分としての差押登記の抹消を徴収職員たる生野税務署の係官をしてなさしめなかつた。

(3) さらに、執行裁判所の係官は続行決定をした事件について滞納処分としての差押登記があるときは、たとい交付要求がなかつた場合でも、職権による抹消登記の嘱託の手続きをなすべきであるのに、これを怠つたため滞納処分としての差押登記の抹消が遅れた。

(三)  税務署長は滞納処分としての差押えがある物件につき強制競売、任意競売が続行されたときは交付要求をすべきであるのに、生野税務署長はこれを怠つて何ら交付要求をしなかつた。

なるほど、本件においては右差押えの時の所有者は藤本久次であつたが、その後城間利雄へ所有権が移転し、前記各競売事件の債務者兼所有者は右城間であるが、右差押えの処分制限効により右藤本を債務者兼所有者とする競売事件とみるべきであり、この場合も生野税務署長は交付要求をすべきであつた。

このように、交付要求をなさなかつたため右差押えの解除手続が遅れた。

又、滞納処分としての差押登記がある物件につき任意競売の手続において競売がなされたときは、徴収職員は差押財産の価値が差押えにかかる国税に先立つ国税、地方税、その他の債権の合計額を越える見込みがなくなつたときに当たるとして、遅滞なく右差押解除の手続をとるべきであるのに、生野税務署の徴収職員はこれを怠り、前記のとおり昭和五七年一〇月五日に至つてようやく差押解除のための抹消登記手続をした。

(四)  大阪法務局天王寺出張所の登記官は本件におけるように続行決定がなされた以上、強制競売申立登記に先立つ滞納処分としての差押登記についても抹消すべきであるのに、これを怠つたため、前記のとおりその抹消登記手続きが遅れた。

4  原告は右滞納処分としての差押解除のための差押登記抹消登記手続が競落後遅滞なくなされるものと信じ、昭和五七年七月二〇日本件物件を訴外本間二郎に代金一億八三九五万円で売却し、手付金を二〇〇〇万円とすること、同年八月二〇日までに所有権の行使を制限する権利を完全に抹消すべく、右同日残金の支払を受けること、右義務違反の場合は手付倍額を戻すことを約した。

本間は右抹消の手続きの期限を経過した同年九月六日右滞納処分としての差押登記が存することを理由に右売買契約解除、手付倍戻を請求したので、原告はこれに応ぜざるを得なかつた。それゆえ、原告は二〇〇〇万円の損害を受けた。

5  さらに、原告は買手を捜し、同年一〇月二日木吉省三に本件物件を売却したところ、右滞納処分としての差押登記が存するため代金一億七三五〇万円でしか売ることができなかつた。右4記載の売買が成立していたら一〇四五万円を得ることができたので、原告は同額の損害を受けたこととなる。

6  よつて、原告は被告に対しその公務員である執行裁判所の係官、生野税務署の署長及び徴収職員並びに大阪法務局天王寺出張所登記官の故意、過失による損害賠償として右損害合計三〇四五万円及びこれに対する不法行為の後日である昭和五八年三月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  (請求原因に対する認否)

請求原因1、2、3(一)の各事実はいずれも認める。

同3(二)、(三)、(四)の各事実はいずれも否認する。

執行裁判所は交付要求提出命令など交付要求を強く督促し、又滞納処分としての差押登記を抹消させる、といつた権限もなければ職責もなく、競落人に対する関係でこのような義務を負うものではない。

さらに、生野税務署長が交付要求をしなかつたのは、本件競売手続において債務者及び所有者は城間利雄であつて滞納者の藤本久次ではなかつたためであり、右は法律上当然の措置である。

又、国税徴収法七九条一項二号は差押え後における差押財産の値下がり、差押え当時に予期しない差押えに係る国税に優先する他の国税、地方税、その他の債権の交付要求等によつて、その充当の見込みがなくなつたときについての差押解除を定めたものであり、本件のような場合はこれに該当しないので、生野税務署の徴収職員に何らの過失もない。

請求原因4及び5の各事実は不知、同6の主張は争う。

さらに、原告は本件第一二回口頭弁論期日においてその前になしていた裁判所係官の過失の主張は撤回する旨陳述したのに、同第一五回口頭弁論期日においてこれを誤つて陳述したものとして、当初のとおり主張する旨陳述したが、これは禁反言の原則に反し、又時期に遅れた攻撃防禦方法として却下さるべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1、2、3(一)の各事実は当事者間に争いがない。右事実にもとづいて考えると、本件一〇〇号事件及び同九一二号事件とも昭和五五年一〇月一日より前に申し立てられているので、民事執行法並びに「滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律」(以下「滞調法」という)改正法及び国税徴収法改正法の施行前の例によつて取り扱われるべきいわゆる旧法事件である(民事執行法(昭和五四年法律第四号)附則四条、滞調法改正法(昭和五五年法律第五〇号)附則二項、「民事執行法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(昭和五四年法律第五号)附則二項)。

成立に争いのない甲第五号証一、二及び右認定の事実によると、本件事案の特徴は、本件滞納処分としての差押登記の抹消が問題となつている本件(1)(2)物件についていえば、滞納処分としての差押登記前にすでに抵当権が設定されて、その旨の登記がなされていたが、右滞納処分としての差押登記後に所有権が第三者に譲渡され、その後に設定された抵当権にもとづいて任意競売手続きがなされたこと、反面からいえば、本件滞納処分としての差押登記後に所有権の移転があり、かつ本件滞納処分としての差押登記に先行する抵当権の実行の場合ではない、という点である。

二まず、原告が執行裁判所の係官の過失につき当初請求原因3(二)(1)(2)記載の趣旨の主張をしていたのに本件第一二回口頭弁論期日(昭和六〇年四月一一日)において、その主張を撤回し、再び本件第一五回口頭弁論期日(同年九月五日)においてこれを復活させる旨陳述したことは当裁判所に顕著な事実である。そこで、これが禁反言の原則に反し又時期に遅れた攻撃防禦方法として却下さるべきものであるか否かについて検討する。

民事訴訟手続においても、一方の当事者が従前の主張と相反する主張をしたとき、それが他方の当事者に対し従前の主張と相反する主張はしないものとの信頼を生ぜしめる言動に出ていたのに、後にこれを主張するに至り、かつそのために右他方の当事者が訴訟の追行上不当な不利益を受ける場合には信義則上承認されるべき禁反言の原則に反してその主張は許されないといわなければならない。

これを本件についてみるに、原告は一旦裁判所係官の過失の主張をしない旨陳述したのに、後になつてこれを主張する旨陳述したのであるから、明らかに前後の主張が矛盾する場合に当たるというべきであるが、弁論の全趣旨によると、そのために被告が訴訟の追行上不当に害されたとは認めがたいので、結局、それが禁反言の原則に反するとはいえない。

さらに、時期に遅れた攻撃防禦方法についてみるに、原告が後に提出した右陳述が故意又は過失により時期に遅れたとしても、弁論の全趣旨によると、そのため訴訟の完結を遅延せしめるものと認めることができないので、この点に関する被告の主張は採用しえない。

そこで、執行裁判所の係官の故意、過失の主張について検討する。

請求原因3(二)(1)(2)における原告の主張は要するに、執行裁判所は競売の主催者として、生野税務署長及び同署徴収職員を説得するなどして、交付要求をなさしめ、又は本件滞納処分としての差押登記の抹消をせしめる義務があるというにある。なるほど、執行裁判所がいわば競売の主催者という立場にあることは原告の主張するとおりであるが、交付要求をなすか否か及び本件におけるように配当を受けるべき立場にないとしてこれを受けなかつた場合においての本件滞納処分としての差押登記を抹消するか否かはいずれも生野税務署長又は同署徴収職員の権限に属することであり、執行裁判所が介入すべきことがらではなく、又それは法律上可能なことでもない。

さらに、請求原因3(二)(3)における主張についてみるに、後記三記載のように生野税務署長が交付要求をしなかつたことはそれ相当の根拠があるのであるから、執行裁判所としてはこれを前提とした処理をすることは当然のことであり、滞納者が競売手続における所有者と異なるため交付要求がなかつたことが明らかであるとき、執行裁判所がこれを無視して滞納処分としての差押登記の抹消登記手続の嘱託をすることは許されないものといわなければならず、執行裁判所の係官のとつた措置に何ら故意も過失もない。

のみならず、原告本人尋問の結果によると、執行裁判所の係官は原告の本件滞納処分としての差押登記の抹消登記に関する申出にもとづき生野税務署、大阪法務局などの関係官署に照会したり、そこから得られた情報を原告に伝えるなど、原告のために様々な努力をしたことが認められる。

以上の次第で、執行裁判所の係官の故意及び過失は認めることができない。

三生野税務署長及び同署徴収職員の過失について検討する。

一般に、国の徴税に関する問題点につき法解釈上複数の見解が考えられ、これに相当の根拠があり、その公務員がそのうちのいずれかの見解にしたがい、よつて国民に損害を与える結果となつた場合においても、それだけではその公務員に故意、過失があるということはできず、さらに、当該行政庁が通達等の方法でその公式見解を示し、これが一般に周知される状態におかれ、又は具体的にその問題点につき利害関係をもつ国民に対し当該行政庁のとる見解を公式に示し、かつ当該国民がこれを信頼して行動し、その上その信頼が保護するに値する場合であるのに、当該公務員があえて又は過つてその公式見解に反する取り扱いをしたなどの事情が考慮されたうえで、当該公務員の故意、過失の成否が検討さるべきものと解すべきである。

これを本件についてみるに、本件の問題について右公式の見解が右いずれかの方法によつて示されたことの主張も立証もないので、本件において税務署長及び徴税職員がとつた見解が右にいうように相当の根拠があるか否かという点に絞つて検討を進めることとする。

滞調法は滞納処分と強制執行、担保権の実行としての競売等との手続の調整を図ることを目的とするものであり、不動産に関していえば、同一の目的物件に関する右両手続きの競合の調整を目的とするが、同法は同一の目的物件でかつ同一の債務者、所有者である場合の両手続きの調整については明確な規定を置いているが、本件におけるように、同一の目的物件ではあるが、異別の債務者、所有者に関する場合については必ずしも明確ではない。それゆえ、本件におけるような場合に、法解釈が一義的に決まらないことも止むを得ないといわなければならない。

まず、生野税務署長が本件続行決定に係る本件九一二号事件について交付要求をしなかつた点についてみるに、右事件の続行決定があつたとき税務署長のとるべき措置として、およそ、第一に、同一の目的物件であり滞納処分としての差押に先行する抵当権の設定がある本件のような場合には、税務署長は先行する抵当権の実行があつた場合との兼ね合いから、同抵当権の消滅による同設定登記の抹消に伴い、滞納処分として差押えも抹消されるとして、交付要求が可能であるとして、交付要求を肯定する見解と、第二に、滞納処分上の納税義務者と本件九一二号事件の所有者とが異なるとして交付要求をすべきでないとして交付要求を否定する見解が考えられ、いずれも法の解釈として相当性がある見解である。

本件において、生野税務署長はこのように法解釈として可能な後者の見解をとつたものであるので、これをもつて何んらかの過失があつたとはいえない。

次に、生野税務署の徴収職員がなすべき本件滞納処分としての差押登記の抹消登記手続が遅れたことが過失であるとの主張について検討する。

前段の問題について第二の見解をとつた場合考えられる見解として、およそ、第一に、これを徹底して滞納処分としての差押登記は残すべきである、との見解(この見解によると、滞納税金の代納等によつて滞納処分としての差押登記が抹消されないかぎり、それが競落人の負担として残る)と、第二に先行する抵当権の実行の場合は、交付要求により配当の機会を与えられた場合とはいえ、とにかく滞納処分としての差押も抹消されるのであり、他方本件の場合は交付要求はないが、先行する抵当権の設定登記は抹消されるのであるから、これらの場合を比較対照して考えると本件の場合においても滞納処分としての差押の登記が抹消されるべきである、との見解が考えられ、いずれも相当性をもつ見解である。これらいずれの見解をとるかについては、徴収職員は慎重に検討しなければならず、そのためにそれ相当の日数を必要とすることは止むを得ないといわなければならない。本件に於いて前記認定事実によると、原告の競落による所有権移転登記は昭和五七年六月二三日になされており、本件滞納処分としての差押登記が抹消されたのは同年一〇月五日であり、その間三か月余(一〇四日)を経過している。

このような問題の困難性からみてその程度の所要日数は止むを得なかつたものというべきである。

なお、原告の主張する国税徴収法七九条一項二号は「差押財産の価額がその差押に係る滞納処分費及び差押に係る国税に先だつ他の国税、地方税その他の債権の合計額をこえる見込がなくなつたとき。」について定めているところ、本件(1)(2)物件の価額が値下がりしたり、右の諸債権の存在が判明したなど右の場合に当たるに至つたことを認めるに足りる証拠がないので、原告の右主張は採用しえない。

のみならず、原告本人尋問の結果によると、原告の主張する昭和五七年七月二〇日の本間との売買契約に際し滞納処分としての差押えの抹消については殆ど意に介しておらず、契約に先だつて徴収職員から同差押登記の抹消がなされる旨の教示を受けた事情もないこと、同年一〇月頃、執行裁判所の係官を通じて本件滞納処分としての差押登記の抹消について徴収職員等に照会し、働きかけ、その直後である同月五日に本件滞納処分としての差押えの登記は抹消されることが認められる。

右認定事実に前記のような問題の困難性をあわせて考慮すると、徴税職員等が本件滞納処分としての差押登記の抹消を故意又は過失により遅らせたとは断定できない。

四大阪法務局天王寺出張所登記官の過失についてみるに、前記認定のとおり執行裁判所から本件滞納処分としての差押登記の抹消登記の嘱託がなされたのであるから、これをなさないのは当然の措置であり、何らの過失も認められない。

五以上の次第で、原告の主張する被告の公務員の故意、過失が認められないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官東孝行 裁判官近下秀明 裁判官鹿戸優子)

別紙目録<省略>

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